眠れる『眠れる森の美女』の話

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 またご無沙汰してしまいました。今月から、ジョージア4年目のシーズンが始まっています。


 ジョージア国立バレエ団は、2週間後に『白鳥の湖』を上演します。今回の主要キャストは以下の通り。




 今回一番の呼び物は、やはり芸術監督であるニーナ・アナニアシヴィリ自身が数年ぶりに全幕の『白鳥の湖』に出演する、ということでしょう。実際にオデットとして踊る部分は日本公演での『白鳥の湖』抜粋と全く同じですが、いざ全幕に出演と聞くと、一団員としても身の引き締まる思いがします。

 初日のオデット/オディールを踊るのは、こちらも数年ぶりの『白鳥』になるラリ・カンデラキです。知る人ぞ知る、バレエ団随一のテクニシャンが、昨年福岡国際バレエフェスティバルを運営・開催した、プリンシパルのフランク・ファン・トンガレンと踊ります(福岡の公演についてはマージナリアに評を掲載したのでぜひご覧ください)。
 また、23日にオディールを踊るヌッツァ・チェクラシヴィリとジークフリートのフィリップ・フェドゥロフは、来月東京で予定されている牧阿佐美バレエ団の『眠れる森の美女』に客演します。こちらもお時間のある方はぜひご覧になってはいかがでしょうか。

 そして僕自身は3日目に久しぶりのロットバルトです。バレエ団内ではだいぶ悪役やヒゲ役が定着しつつありますが笑、「悪役といえばやっぱこいつだ」という評価を目指して頑張りたいと思います。

▲主要キャストを載せた『白鳥の湖』のポスター

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 さて、ブログ上に書きたいことはいろいろとあるのですが、今回は上記から打って変わって『眠れる森の美女』の話をしたいと思います。

 『眠れる森の美女』の振付家といえば、まず筆頭に上がるのはマリウス・プティパですが、現在よく知られている振付の原型は、ソ連時代にキーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)の芸術監督を務めたコンスタンティン・セルゲイエフの手に成るものです。この振付は、1964年のバレエ映画『眠れる森の美女』によって窺い知ることができます。

▲バレエ映画『眠れる森の美女』(1964)

 この映画は豪勢なキャストでも有名です。オーロラ姫をアッラ・シゾーワ、デジレ王子をユーリ・ソロヴィヨフ、カラボスをナタリア・ドゥジンスカヤ、フロリナ王女をナタリア・マカロワ、青い鳥をワレリー・パノフが踊っています。どの踊り手も、いまや伝説的存在です。



 今日、いわゆるチャイコフスキーの三大バレエが上演される際、公演のプログラムなどには「原振付:マリウス・プティパ」と記されることが多いですが、これはバレエ史を微塵も垣間見ていない証拠でもあります。はたしてプティパ版はどのようなプロダクションだったのでしょうか。



 バレエ史はあまり精しくないという方にも、プティパ版の行方を探る方途が2つ残されています。先日急逝されたセルゲイ・ヴィハーレフによる再現版(1999)、さらにはABTの常任振付家であるアレクセイ・ラトマンスキーによる再現版(2015)がそれです。

 マリインスキー・バレエのために作られたヴィハーレフ版、そしてアメリカン・バレエ・シアターのために作られたラトマンスキー版の一番の違いは、おそらく舞台美術とソリスト級のダンサーの振付にあります。というのも、ラトマンスキーはどうやら、バレエ・リュスが上演したバレエ『眠り姫』(1921)における、レオン・バクストの色彩豊かな美術を参考にしたようなのです。

 バレエ・リュスの時代にはすでに、プティパの振付が忘れられつつありました。ニジンスキーやマシーンの去ったのち、振付家不足に頭を抱えていたディアギレフは、プティパ版『眠れる森の美女』の復活上演という形で現状の問題を克服しようとしました。ロンドンで財政的な困窮状態に陥っていたバレエ・リュスの前途もかかった作品でしたが、結局3ヶ月にして打ち切りとなり、初演当時の背景や衣装は差し押さえられます。その結果、パリでは『オーロラの結婚』と題して良いとこどりのプロダクションが上演され、バクストの美術の代わりには、久しく上演の絶えていた『アルミードの館』の美術が使用されたといいます。

▲ヴィハーレフ版『眠れる森の美女』

 ヴィハーレフ版はよりプティパ版に近い美術を採用しているはずですが、マリインスキー・バレエが今日まで上演してきたセルゲイエフ版に対する配慮もあったのでしょう、ソリスト級のダンサーたちの振付は、さほどセルゲイエフ版と異なりません。このあたりの消息は、むしろラトマンスキー版の振付を視ることによって確認できるはずです。


▲ラトマンスキー版『眠れる森の美女』


 ラトマンスキーが比較対照したバレエ・リュス版『眠り』は、大変興味深いものです。これについてはジョージア国立バレエ団の先輩から話をうかがって知ったのですが、『くるみ割り人形』の中国やロシアの踊りの曲が『眠り』第3幕のディヴェルティスマンに追加されているのだそうです。調べてみると、面白い挿話がありました。

 1921年、『眠り姫』の演出にも積極的に関わっていたディアギレフは、オリジナルの再構築と同時に、なにか目新しい要素も取り入れようと画策していました。ちょうどロンドンに居合わせていたブロニスラワ・ニジンスカ(ニジンスキーの妹)が挿入曲の振付を行うに至ったのはそのためで、これらは思うに、当時バレエ・リュスの新米ダンサーであったアントン・ドーリンの記憶を頼りにラトマンスキー版で採用されたのでしょう。

 ほかにも、ディアギレフはチャイコフスキーの楽譜のなかから退屈だと思った部分を削除したり、あるいはストラヴィンスキーに編曲を依頼したりしていました。ストラヴィンスキー版『眠り』の存在など、ご存知の方は少ないかと思います。。

▲ストラヴィンスキー編曲『眠れる森の美女』


 『眠れる森の美女』に関しては初演時の話や音楽自体について書きたいこともあるので、いつの日かまとめられればいいなと思っています。もうヴィハーレフ版を見られるチャンスはなさそうですが、ABTの日本公演ではぜひラトマンスキー版『眠り』の上演を期待したいところです。



 ……ともかくも、僕はまずトビリシの『白鳥』を楽しみます笑。




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